毎年9月、Appleが最も力を入れている製品を発表するApple Special Eventにおける主役といえば「iPhone」だが、最も進化し、また今後、われわれの生活を大きく変えていく可能性を持っているのは「Apple Watch」なのかもしれない。
9月21日発売の「Apple Watch Series 4」は、最初のモデルが発表されて以来、初めてケースの形状やディスプレイのサイズを変えたフルモデルチェンジだ。事前に「ディスプレイがケースギリギリまで大きくなること」は伝えられていたが、まさか腕時計としてもスマートウォッチとしても、ここまで進化しているとは想像できなかった。
Apple Watchにとって大きなターニングポイントとなる製品であるとともに、「ウェアラブルデバイス」というジャンル全体に大きく影響を与え、市場環境を一変させるかもしれない。
初代Apple Watchの登場は、エレクトロニクス製品業界の巨人参入ということもあり、腕時計の業界にインパクトを与えた。FOSSILは自社ブランドを含め多数の提携ブランド(DIESEL、SKAGEN、MICHAEL KORS、MARC JACOBSなど)でスマートウォッチを展開し、TAG HEUERはスポーティーなクロノグラフ、LOUIS VUITTONは旅をテーマにした高級スマートウォッチを発売した。
もともとデジタルの領域に近かったカシオ計算機はアウトドア、トレッキングをテーマに独自で進化を重ね、GARMINは特定のスポーツジャンル(ランニング、トライアスロン、ゴルフ、サーフィンなど)を掘り下げて一気に世界有数の時計メーカーへと登り詰めようと必死だ。スマートフォンのコンパニオン機器でもあるスマートウォッチは、Appleのライバルと見なされているSamsungも継続的に取り組んできている。
しかし、そんな中でApple Watchは圧倒的な存在感を示してきた。米調査会社IDCによると、昨年末の商戦期にAppleが「Apple Watch Series 3」を発売すると、世界で3カ月間に約800万本が販売され、スマートウォッチでのシェアは60%を超えたという。通年でも1770万本となり、今年は2000万本を超えることが間違いないとみられていたが、Apple Watch Series 4の改良を見る限り、そうした楽観的な予想も大きく超える可能性がありそうだ。
Apple Watch Series 3で売り上げが急増した背景には、全く新しいタイプの製品だったスマートウォッチに対する理解が市場の中で進んだこともあるが、内蔵プロセッサの強化やメモリの増加、それにLTE通信の対応など“単独で動作する機能”が増加し、さらには盤面に情報を表示する「コンプリケーション」がサードパーティーに公開されるなど、個人に最も近いコンピュータとしての役割が明確になったことがあると思う。
すなわち、これまでは腕時計をコンピュータと通信サービスによって進化させる“腕時計+α”、あるいはスマートフォンに集まる情報をのぞき見たり通知を受けたりといったシンプルな拡張と見なされてきた製品が、ここに来て“腕時計スタイルの製品自身がスマートデバイスとして自立をし始めた”のがApple Watch Series 3だったと思う。
そしてApple Watch Series 4では、そうしたApple Watchとして積み上げてきた基礎を踏襲しつつ、2点で大きく飛躍した。
一つは“身に付けるデバイス”としての基本。すなわち装着感やデザイン性。とりわけデザイン性は、広がったディスプレイエリアを巧みに使いこなしている。
そしてもう一つは、従来の腕時計ではなくApple Watchを選び、“身に付けるべき理由”を強化し、また増やしたことだ。
最新のスマートウォッチなら、どれも備えている機能だが、そうしたスマートウォッチの良さを生かすには、毎日、いつでも手首に装着していなければならない。これは簡単なことのようだが、なかなか難しい。
装着感が低ければ論外であるし、デザイン性について納得できなければ、利用シーンに応じて普通のファッションウォッチや高級腕時計を選びたいと考えるだろう。
実際、筆者自身、屋外ランニングやフィットネスセンター、あるいは仕事上、コミュニケーションを密にする必要があるときを除けば、Apple Watch Series 3ではなく普通のファッションウォッチを選ぶことも多かった。
しかしそんな筆者でも、Apple Watch Series 4を使い始めたところ、毎日、これだけで生活してもいいと思うようになってきた。果たしてわが家にある腕時計たちをどうしてくれよう、と思うほどにだ。
装着感に関しては、もともと優れていたApple Watchだが、ほんの少し、0.7mm薄い10.7mmのケースになったことで、さらに洗練度を増した印象だ。バンドの互換性を保つためバンドのジョイント部こそ造形(Rの付け方)を変えていないが、それ以外の部分は実に巧妙なカーブで構成されており、全てがセラミックとなった背面の当たりの柔らかさとともに装着感が向上している。
薄型化は全体のボリューム感も抑える役割を果たしている。Apple Watch Series 3までのApple Watchは38mmと42mmのケースが採用されていたが、Apple Watch Series 4はそれぞれ2mmずつ増加し、40mmと44mmになった。しかし、大きくラウンドした四隅と薄型化の影響で、ほとんど雰囲気は変わらない
ケースの薄型化ととも装着感に寄与しているのが、「Digital Crown」(竜頭の形をしたコントローラー)の薄型化だ。
これまでグローブやプロテクターを装着したままウェイトトレーニングをしようとすると、手首を大きく曲げたときに、誤ってDigital Crownが押されてしまうことが多かったが、Apple Watch Series 4では装着位置を適切にしておけば誤動作しなくなった。まして日常的な場面であれば、Digital Crownに手が当たる感触は皆無といっていい。
こうしたハードウェア面の改良とともに、盤面の表示というソフトウェア面でのデザインも、より納得感のある、そして毎日装着したいと思わせるファッション性を兼ね備えるようになった。
大きくラウンドして四隅に合わせたLTPO OLED Retinaディスプレイは、表示面積が32~35%も増加しているが、単に面積が増えただけではない。盤面の表示を美しく、機能的にするための再デザインが施された。
「インフォグラフ(Infograph)」と名付けられたデザインは、クロノグラフのような複合的な情報表示を行う伝統的なアナログ腕時計のデザインテイストを持ち込みながら、四角いApple Watchディスプレイになじむものになっている。
中央のアナログ指針の盤面に、3つの追加情報を表示する小さな円形エリアと1つの大きめの情報表示領域、そして大きくラウンドした四隅のエリアにも4つ、同様の情報表示領域が置かれた。
合計8つとなるこの表示エリアはコンプリケーションという機能を配置するためにあり、以前からサードパーティー製アプリの情報を含めて提供されてきた。タップすると、それぞれの情報を表示しているアプリ画面へのショートカットにもなっている。ただ、従来と同じと書いたが、表示方法が工夫され、四隅は円形の盤面を取り囲むようにメータースケールや文字が配置される。そして中央の円形エリアはクロノグラフのようだ。
実はこうした円形を中心としたデザインを美しく見せるため、AppleはApple Watchに採用してきた「San Francisco」というタイプフェイスを改良。円形の文字盤に沿わせて表示した際の視認性や美しさを意識し、やや丸みを帯びたデザインに修正しているという。
しかも伝える情報量も増加した。例えば四隅に配置する気温の表示は、従来ならば現在の気温だけしか分からなかった。しかし、新しい気候コンプリケーションは、その日の予想最低・最高気温をスケール表示した上で、現在の気温を表示するといった具合だ。同様の工夫は隅々にまで及んでいる。
現時点では、まだサードパーティー製のアプリがApple Watch Series 4の新しい盤面レイアウトに対応していない。しかし、近い将来、Appleが提供するコンプリケーション以外も、8つの領域を自在に操るようになるだろう。
一方、シンプルな、しかしファッショナブルな盤面として追加された「Vapor」「Fire and Water」「Liquid Metal」といったデザインは、(カスタマイズで表示は可能だが)コンプリケーションを廃し、盤面全体にこれまでの腕時計にはなかった独特の感覚をもたらす。
Vaporは多様な色の煙が、Fire and Waterは炎と水面、Liquid Metalは溶けた金属が盤面の中でうごめく特徴的なウォッチフェイスだが、デフォルトでは広くなったディスプレイ全面を使う(Apple Watch Series 3以前では円形のフェイス+コンプリケーションのみ)。それぞれ実際の煙や炎、水面や溶けた金属をビデオに収録し、まるでApple Watchの中にそれらが存在しているかのような雰囲気を醸すよう設計した。
このウォッチフェイスを試す際は、Digital Crownを回してディスプレイをオンにしてみると楽しい。少しだけ回すと、微かに見えるだけ。しかし回すほどに明るくなり、Vaporならば煙が濃くなっていくといった、実に細かな演出がされていた。
Apple Watchに関しては、盤面のデザインをユーザーやサードパーティーに開放しろとの声もあったが、ここまで高い完成度で綿密に設計されると、そうした文句もいいにくくなる。適切なレイアウトと表示方法を決めた上で、コンプリケーションを開放する彼らのやり方が浸透すれば、盤面デザインの完全開放という声も小さくなるだろう。
また当初より主要機能として設定されていたスポーツ・フィットネスのトラッキング機能も、カジュアルなものから世代を重ねるごとに深みのあるものになってきている。
例えば代表的なワークアウトであるランニングアプリは、これまで比較的シンプルな情報と記録しかしていなかったが、watchOS 5ではケイデンス(1km当たりの歩数)を計測したり、現時点の瞬間的な速度以外に直近1km当たりの平均ペースを教えてくれたりと、少しずつかゆいところに手の届くのアプリへと成長している。
また従来も「その他」ワークアウトで記録しておき、それが後に何であったかを選んでおく機能があったが、「その他」では正確な記録が難しいヨガとハイキングについて、新しいワークアウトとして独立した設定が実装された。
ヨガの場合、力強さを求められるポーズを中心としたシーケンスもあれば、リラックスを目的としたシーケンスもある。それら複数のヨガのタイプを識別しながら、正確にワークアウトの記録を行えるようにしたとのことだ。
またハイキングについては、一般的なウオーキングとして処理するのではなく、アップダウンによる負荷の変化を心拍数とともに記録、追跡することで、こちらもより正確なワークアウトの結果が分かるようになる。
さらに、Apple Watchは(ワークアウト中ほど高頻度ではないが)常時、光学式心拍計で心拍の動きをキャッチしており、腕の動きから検出される活動量を含め、15分間の活動ログがバッファされている。
このバッファを活用し、ワークアウトの開始を忘れていたとしても、開始時間にまでさかのぼって消費カロリーの計算が行えるようになった。どのようなワークアウトなのかは、判別できる範囲で自動的にリストアップし、Taptic Engineで通知後に、ユーザーに選択とワークアウトか否かの確認を行う仕組みだ。もし行っているワークアウトとは別の運動しかリストにない場合は、マニュアルでの選択もできる。
同様にワークアウトの終了を忘れていた場合でも、もしかして終わっているのではないか、と通知する機能が加えられた。実際に活動量計でワークアウトを記録している人ならば、こうした経験を何度もしていることだろう。
実際に試してみたが、記録開始時間をさかのぼる機能は大変に役立った。ただしGPSの記録はされていないので、アウトドアランなどの開始地点は、ワークアウトだと認めた地点が地図上のスタート地点として扱われる。
こうしたwatchOS 5の改良点は、既に6月開催の開発者向けイベントであるWWDC 2018でアナウンスされていた部分も多いが、Apple Watch Series 4はデュアルコアの「S4」となった内蔵プロセッサや、裏面が全てセラミックとなってアンテナ性能が改良された点なども含め、トータルで省電力化が図られ、GPSを利用した屋外ワークアウトの駆動時間が5時間から6時間に延びている点も見逃せないポイントだろう。
しかし、こうした従来機能のアップデートだけがApple Watch Series 4の進化点ではない。もっと健康、あるいは生命の危機といったシリアスな場面でも役立つよう、何らかの事故を防止するための機能にAppleは取り組んでいた。
同様のソリューションは他社のウェアラブルデバイスにもあるが、Apple Watch Series 4の優位性は、既に米国食品医薬品局(FDA)からの認可を得ている点が大きい。
心臓疾患を抱える患者が不調を訴えて病院に行ったとしても、必ず病院内で発作が現れるわけではない。心電図を取っても異常を把握できない場合も多いそうだが、異常を感じたとき、自ら身に付けているApple WatchでECGを計測(30秒間計測)しておけば、心電図レポートとしてアプリ内でまとめてくれる。
その後、メディカルIDに登録した医者や連絡先に電話やSMSを送るなり、あるいはPDF化された心電図レポートを送ることで、専門医のアドバイスを受けることが可能になる。
現時点において認可が取れているのはFDAのみであるため、残念ながら米国以外の日本を含む地域では利用できないが、ハードウェアとしてはどのApple Watch Series 4モデルにも実装済みだ。ユーザーが米国での利用者だと確認できればECGアプリが有効となり、また各国での認可が降り次第、その国のユーザーに開放される予定だ。
なお、ECGアプリが有効になる条件についてAppleは公表していないが、一つ明らかなのは購入した国には依存しないこと。すなわち、米国で購入したからといって日本でECGアプリが使えるようになるわけではないことに注意してほしい。
ECGセンサーと心電図作成、専門医との連絡など一連のプロトコルをアプリとしてまとめたのは代表的な例だが、Appleは他にもヘルスケアと医療の間をつなぐソリューションをApple Watchに盛り込んだ。
Apple Watch Series 4では内蔵するジャイロのダイナミックレンジが向上し、加速度センサーの感度も8倍向上した。この精度の向上はワークアウトの検出精度や動きのより正確な追跡にも役立つが、最も役立っているのが転倒検出だ。
誰にだって、さまざまな理由で転倒し、あるいはどこかに落ちてしまう、階段や急坂を転げるなどでけがをし、動けなくなるリスクはある。老人であればなおさらだろう。
残念ながら“意識して自ら転倒しても検出はされない”とのことで、本当に滑って転ぶなどの危険がなければ検出されないそうなのだが、80代の親を持つ身としてはヒシヒシとその必要性を感じている。
なぜなら多くの健康な老人は、自分が若いときと同じように元気であることを誇りとしている場合が多いからだ。健康ではなくなった時点で患者であり、患者になる前に予防的に“見守りデバイス”を身に付けてほしくとも、彼らはなかなか身に付けようとしてくれない。
しかしApple Watchのような、見守り用ではないウェアラブル機器であれば、装着してくれるのではないだろうか。
この他、常時心拍をモニターするApple Watchの特性を生かし、徐脈(心臓の鼓動が遅くなること)を検出し、危険な領域にまで脈拍が下がった際に利用者に通知し、またテキストメッセージや音声通話などを登録した連絡先に発信する機能も追加されている。
このように運動を促し、日常生活の習慣を改善することで健康をもたらすウェルネスの領域から、より積極的なヘルスケアへと進み、さらにはメディカル(医療)領域への橋渡しをしようとしていることが分かる。
筆者は(まだずっと先の話になるだろうが)、いずれはApple WatchにもiPhoneのような「Neural Engine」が搭載されるのではと予想している。その際には「S12 Bionic」といった名前になるのだろうか。
荒唐無稽と思うかもしれないが、クラウドベースの電子メールで連絡を取り、スケジュールを共有しながら旅行の計画を立てているとき、まるで自分の休暇計画を知っているかのようにリゾートホテルや航空券の広告が届く、といったことを不快に思う消費者は一定以上にいるはずだ。
Appleは自社製品でクラウドAIを使うことに対し、常に否定的な態度を示してきた。クラウドを情報の保管庫や情報交換の場として活用はするが、事業モデルはあくまでも製品の販売に軸足を置いている。
watchOS 5では、通知に対してその場で何らかの応答、返信を行える仕組みが導入されており、その振る舞いによってその後の通知方法やアクションの優先順位なども変わるのだそうだが、その情報はApple Watch内に完結している。
“未来のApple Watch”が、ユーザーのバイタル(身体)データに最も近いコンピュータになっていくとき、クラウドAIとエッジAI(コンピューティングという観点でいうなら、分散と集中)のどちらに向かうのか。人間に近くなるほどプライバシーには敏感になるものだ。“人間が直接触れる製品”へのこだわりと消費者の距離感の取り方は、シリコンバレーのライバルとの大きな違いだと思う。
既にスマートウォッチ市場ではライバル不在と思えるほどの存在になっているApple Watchだが、このまま先頭を走り続けるのだろうか。本格派のライバル登場も望みたい。
9月21日発売の「Apple Watch Series 4」は、最初のモデルが発表されて以来、初めてケースの形状やディスプレイのサイズを変えたフルモデルチェンジだ。事前に「ディスプレイがケースギリギリまで大きくなること」は伝えられていたが、まさか腕時計としてもスマートウォッチとしても、ここまで進化しているとは想像できなかった。
Apple Watchにとって大きなターニングポイントとなる製品であるとともに、「ウェアラブルデバイス」というジャンル全体に大きく影響を与え、市場環境を一変させるかもしれない。
“腕時計+α”から“身に付けるスマートデバイス”へ
腕時計というジャンルは、常識的にいえば「ファッション」のジャンルで紹介されるものだ。例えばそれがスマートウォッチ(しかも電子ディスプレイを備えたディスプレイウォッチ)であったとしてもだ。初代Apple Watchの登場は、エレクトロニクス製品業界の巨人参入ということもあり、腕時計の業界にインパクトを与えた。FOSSILは自社ブランドを含め多数の提携ブランド(DIESEL、SKAGEN、MICHAEL KORS、MARC JACOBSなど)でスマートウォッチを展開し、TAG HEUERはスポーティーなクロノグラフ、LOUIS VUITTONは旅をテーマにした高級スマートウォッチを発売した。
もともとデジタルの領域に近かったカシオ計算機はアウトドア、トレッキングをテーマに独自で進化を重ね、GARMINは特定のスポーツジャンル(ランニング、トライアスロン、ゴルフ、サーフィンなど)を掘り下げて一気に世界有数の時計メーカーへと登り詰めようと必死だ。スマートフォンのコンパニオン機器でもあるスマートウォッチは、Appleのライバルと見なされているSamsungも継続的に取り組んできている。
しかし、そんな中でApple Watchは圧倒的な存在感を示してきた。米調査会社IDCによると、昨年末の商戦期にAppleが「Apple Watch Series 3」を発売すると、世界で3カ月間に約800万本が販売され、スマートウォッチでのシェアは60%を超えたという。通年でも1770万本となり、今年は2000万本を超えることが間違いないとみられていたが、Apple Watch Series 4の改良を見る限り、そうした楽観的な予想も大きく超える可能性がありそうだ。
Apple Watch Series 3で売り上げが急増した背景には、全く新しいタイプの製品だったスマートウォッチに対する理解が市場の中で進んだこともあるが、内蔵プロセッサの強化やメモリの増加、それにLTE通信の対応など“単独で動作する機能”が増加し、さらには盤面に情報を表示する「コンプリケーション」がサードパーティーに公開されるなど、個人に最も近いコンピュータとしての役割が明確になったことがあると思う。
すなわち、これまでは腕時計をコンピュータと通信サービスによって進化させる“腕時計+α”、あるいはスマートフォンに集まる情報をのぞき見たり通知を受けたりといったシンプルな拡張と見なされてきた製品が、ここに来て“腕時計スタイルの製品自身がスマートデバイスとして自立をし始めた”のがApple Watch Series 3だったと思う。
そしてApple Watch Series 4では、そうしたApple Watchとして積み上げてきた基礎を踏襲しつつ、2点で大きく飛躍した。
一つは“身に付けるデバイス”としての基本。すなわち装着感やデザイン性。とりわけデザイン性は、広がったディスプレイエリアを巧みに使いこなしている。
そしてもう一つは、従来の腕時計ではなくApple Watchを選び、“身に付けるべき理由”を強化し、また増やしたことだ。
視認性が向上した美しいディスプレイ、そして絶妙の装着感
Apple Watchはユーザーの活動を常にモニターし、生活習慣をチェックしてくれるとともに、時折適切なアドバイスをしてくれる。さらにはスマートフォンに集まる情報をフィルタリングし、必要だと選んだ情報を知らせてくれるため、スマートフォンを常にチェックしなくとも情報の取捨選択が可能だ。最新のスマートウォッチなら、どれも備えている機能だが、そうしたスマートウォッチの良さを生かすには、毎日、いつでも手首に装着していなければならない。これは簡単なことのようだが、なかなか難しい。
装着感が低ければ論外であるし、デザイン性について納得できなければ、利用シーンに応じて普通のファッションウォッチや高級腕時計を選びたいと考えるだろう。
実際、筆者自身、屋外ランニングやフィットネスセンター、あるいは仕事上、コミュニケーションを密にする必要があるときを除けば、Apple Watch Series 3ではなく普通のファッションウォッチを選ぶことも多かった。
しかしそんな筆者でも、Apple Watch Series 4を使い始めたところ、毎日、これだけで生活してもいいと思うようになってきた。果たしてわが家にある腕時計たちをどうしてくれよう、と思うほどにだ。
装着感に関しては、もともと優れていたApple Watchだが、ほんの少し、0.7mm薄い10.7mmのケースになったことで、さらに洗練度を増した印象だ。バンドの互換性を保つためバンドのジョイント部こそ造形(Rの付け方)を変えていないが、それ以外の部分は実に巧妙なカーブで構成されており、全てがセラミックとなった背面の当たりの柔らかさとともに装着感が向上している。
薄型化は全体のボリューム感も抑える役割を果たしている。Apple Watch Series 3までのApple Watchは38mmと42mmのケースが採用されていたが、Apple Watch Series 4はそれぞれ2mmずつ増加し、40mmと44mmになった。しかし、大きくラウンドした四隅と薄型化の影響で、ほとんど雰囲気は変わらない
ケースの薄型化ととも装着感に寄与しているのが、「Digital Crown」(竜頭の形をしたコントローラー)の薄型化だ。
これまでグローブやプロテクターを装着したままウェイトトレーニングをしようとすると、手首を大きく曲げたときに、誤ってDigital Crownが押されてしまうことが多かったが、Apple Watch Series 4では装着位置を適切にしておけば誤動作しなくなった。まして日常的な場面であれば、Digital Crownに手が当たる感触は皆無といっていい。
こうしたハードウェア面の改良とともに、盤面の表示というソフトウェア面でのデザインも、より納得感のある、そして毎日装着したいと思わせるファッション性を兼ね備えるようになった。
大きくラウンドして四隅に合わせたLTPO OLED Retinaディスプレイは、表示面積が32~35%も増加しているが、単に面積が増えただけではない。盤面の表示を美しく、機能的にするための再デザインが施された。
「インフォグラフ(Infograph)」と名付けられたデザインは、クロノグラフのような複合的な情報表示を行う伝統的なアナログ腕時計のデザインテイストを持ち込みながら、四角いApple Watchディスプレイになじむものになっている。
中央のアナログ指針の盤面に、3つの追加情報を表示する小さな円形エリアと1つの大きめの情報表示領域、そして大きくラウンドした四隅のエリアにも4つ、同様の情報表示領域が置かれた。
合計8つとなるこの表示エリアはコンプリケーションという機能を配置するためにあり、以前からサードパーティー製アプリの情報を含めて提供されてきた。タップすると、それぞれの情報を表示しているアプリ画面へのショートカットにもなっている。ただ、従来と同じと書いたが、表示方法が工夫され、四隅は円形の盤面を取り囲むようにメータースケールや文字が配置される。そして中央の円形エリアはクロノグラフのようだ。
実はこうした円形を中心としたデザインを美しく見せるため、AppleはApple Watchに採用してきた「San Francisco」というタイプフェイスを改良。円形の文字盤に沿わせて表示した際の視認性や美しさを意識し、やや丸みを帯びたデザインに修正しているという。
しかも伝える情報量も増加した。例えば四隅に配置する気温の表示は、従来ならば現在の気温だけしか分からなかった。しかし、新しい気候コンプリケーションは、その日の予想最低・最高気温をスケール表示した上で、現在の気温を表示するといった具合だ。同様の工夫は隅々にまで及んでいる。
現時点では、まだサードパーティー製のアプリがApple Watch Series 4の新しい盤面レイアウトに対応していない。しかし、近い将来、Appleが提供するコンプリケーション以外も、8つの領域を自在に操るようになるだろう。
一方、シンプルな、しかしファッショナブルな盤面として追加された「Vapor」「Fire and Water」「Liquid Metal」といったデザインは、(カスタマイズで表示は可能だが)コンプリケーションを廃し、盤面全体にこれまでの腕時計にはなかった独特の感覚をもたらす。
Vaporは多様な色の煙が、Fire and Waterは炎と水面、Liquid Metalは溶けた金属が盤面の中でうごめく特徴的なウォッチフェイスだが、デフォルトでは広くなったディスプレイ全面を使う(Apple Watch Series 3以前では円形のフェイス+コンプリケーションのみ)。それぞれ実際の煙や炎、水面や溶けた金属をビデオに収録し、まるでApple Watchの中にそれらが存在しているかのような雰囲気を醸すよう設計した。
このウォッチフェイスを試す際は、Digital Crownを回してディスプレイをオンにしてみると楽しい。少しだけ回すと、微かに見えるだけ。しかし回すほどに明るくなり、Vaporならば煙が濃くなっていくといった、実に細かな演出がされていた。
Apple Watchに関しては、盤面のデザインをユーザーやサードパーティーに開放しろとの声もあったが、ここまで高い完成度で綿密に設計されると、そうした文句もいいにくくなる。適切なレイアウトと表示方法を決めた上で、コンプリケーションを開放する彼らのやり方が浸透すれば、盤面デザインの完全開放という声も小さくなるだろう。
“時を知る”道具から“生活に寄り添う”道具に
Apple Watchの第1世代はスマートフォンに集まる情報をフィルタリングしつつも、必要な情報を知らせる「通知」機能が主だった。その後、バッテリー性能や省電力性能の向上により、利用者の状態を常にモニタリングする機能が成熟しはじめ、心拍を含めた日常的な活動を記録、振り返りながらビジュアライズするウェルネス、ヘルスケアの機能が(少しづつだが)進歩してきた。また当初より主要機能として設定されていたスポーツ・フィットネスのトラッキング機能も、カジュアルなものから世代を重ねるごとに深みのあるものになってきている。
例えば代表的なワークアウトであるランニングアプリは、これまで比較的シンプルな情報と記録しかしていなかったが、watchOS 5ではケイデンス(1km当たりの歩数)を計測したり、現時点の瞬間的な速度以外に直近1km当たりの平均ペースを教えてくれたりと、少しずつかゆいところに手の届くのアプリへと成長している。
また従来も「その他」ワークアウトで記録しておき、それが後に何であったかを選んでおく機能があったが、「その他」では正確な記録が難しいヨガとハイキングについて、新しいワークアウトとして独立した設定が実装された。
ヨガの場合、力強さを求められるポーズを中心としたシーケンスもあれば、リラックスを目的としたシーケンスもある。それら複数のヨガのタイプを識別しながら、正確にワークアウトの記録を行えるようにしたとのことだ。
またハイキングについては、一般的なウオーキングとして処理するのではなく、アップダウンによる負荷の変化を心拍数とともに記録、追跡することで、こちらもより正確なワークアウトの結果が分かるようになる。
さらに、Apple Watchは(ワークアウト中ほど高頻度ではないが)常時、光学式心拍計で心拍の動きをキャッチしており、腕の動きから検出される活動量を含め、15分間の活動ログがバッファされている。
このバッファを活用し、ワークアウトの開始を忘れていたとしても、開始時間にまでさかのぼって消費カロリーの計算が行えるようになった。どのようなワークアウトなのかは、判別できる範囲で自動的にリストアップし、Taptic Engineで通知後に、ユーザーに選択とワークアウトか否かの確認を行う仕組みだ。もし行っているワークアウトとは別の運動しかリストにない場合は、マニュアルでの選択もできる。
同様にワークアウトの終了を忘れていた場合でも、もしかして終わっているのではないか、と通知する機能が加えられた。実際に活動量計でワークアウトを記録している人ならば、こうした経験を何度もしていることだろう。
実際に試してみたが、記録開始時間をさかのぼる機能は大変に役立った。ただしGPSの記録はされていないので、アウトドアランなどの開始地点は、ワークアウトだと認めた地点が地図上のスタート地点として扱われる。
こうしたwatchOS 5の改良点は、既に6月開催の開発者向けイベントであるWWDC 2018でアナウンスされていた部分も多いが、Apple Watch Series 4はデュアルコアの「S4」となった内蔵プロセッサや、裏面が全てセラミックとなってアンテナ性能が改良された点なども含め、トータルで省電力化が図られ、GPSを利用した屋外ワークアウトの駆動時間が5時間から6時間に延びている点も見逃せないポイントだろう。
しかし、こうした従来機能のアップデートだけがApple Watch Series 4の進化点ではない。もっと健康、あるいは生命の危機といったシリアスな場面でも役立つよう、何らかの事故を防止するための機能にAppleは取り組んでいた。
ヘルスケアとメディカルの間をつなぐ存在に
機能的な面をいえば、Apple Watch Series 4にECG(心電図)を計測する機能が追加されたことは大きなトピックだ。裏面に配置された電極が手首の皮膚と接触し、反対の腕を伸ばしてDigital Crownに指先を載せると、身体の中の微弱な信号を読み取って心臓の動きを捉える。同様のソリューションは他社のウェアラブルデバイスにもあるが、Apple Watch Series 4の優位性は、既に米国食品医薬品局(FDA)からの認可を得ている点が大きい。
心臓疾患を抱える患者が不調を訴えて病院に行ったとしても、必ず病院内で発作が現れるわけではない。心電図を取っても異常を把握できない場合も多いそうだが、異常を感じたとき、自ら身に付けているApple WatchでECGを計測(30秒間計測)しておけば、心電図レポートとしてアプリ内でまとめてくれる。
その後、メディカルIDに登録した医者や連絡先に電話やSMSを送るなり、あるいはPDF化された心電図レポートを送ることで、専門医のアドバイスを受けることが可能になる。
現時点において認可が取れているのはFDAのみであるため、残念ながら米国以外の日本を含む地域では利用できないが、ハードウェアとしてはどのApple Watch Series 4モデルにも実装済みだ。ユーザーが米国での利用者だと確認できればECGアプリが有効となり、また各国での認可が降り次第、その国のユーザーに開放される予定だ。
なお、ECGアプリが有効になる条件についてAppleは公表していないが、一つ明らかなのは購入した国には依存しないこと。すなわち、米国で購入したからといって日本でECGアプリが使えるようになるわけではないことに注意してほしい。
ECGセンサーと心電図作成、専門医との連絡など一連のプロトコルをアプリとしてまとめたのは代表的な例だが、Appleは他にもヘルスケアと医療の間をつなぐソリューションをApple Watchに盛り込んだ。
Apple Watch Series 4では内蔵するジャイロのダイナミックレンジが向上し、加速度センサーの感度も8倍向上した。この精度の向上はワークアウトの検出精度や動きのより正確な追跡にも役立つが、最も役立っているのが転倒検出だ。
誰にだって、さまざまな理由で転倒し、あるいはどこかに落ちてしまう、階段や急坂を転げるなどでけがをし、動けなくなるリスクはある。老人であればなおさらだろう。
残念ながら“意識して自ら転倒しても検出はされない”とのことで、本当に滑って転ぶなどの危険がなければ検出されないそうなのだが、80代の親を持つ身としてはヒシヒシとその必要性を感じている。
なぜなら多くの健康な老人は、自分が若いときと同じように元気であることを誇りとしている場合が多いからだ。健康ではなくなった時点で患者であり、患者になる前に予防的に“見守りデバイス”を身に付けてほしくとも、彼らはなかなか身に付けようとしてくれない。
しかしApple Watchのような、見守り用ではないウェアラブル機器であれば、装着してくれるのではないだろうか。
この他、常時心拍をモニターするApple Watchの特性を生かし、徐脈(心臓の鼓動が遅くなること)を検出し、危険な領域にまで脈拍が下がった際に利用者に通知し、またテキストメッセージや音声通話などを登録した連絡先に発信する機能も追加されている。
このように運動を促し、日常生活の習慣を改善することで健康をもたらすウェルネスの領域から、より積極的なヘルスケアへと進み、さらにはメディカル(医療)領域への橋渡しをしようとしていることが分かる。
将来はエッジAIの末端に位置する製品に?
さて、最後に少し視点を変えてみよう。筆者は(まだずっと先の話になるだろうが)、いずれはApple WatchにもiPhoneのような「Neural Engine」が搭載されるのではと予想している。その際には「S12 Bionic」といった名前になるのだろうか。
荒唐無稽と思うかもしれないが、クラウドベースの電子メールで連絡を取り、スケジュールを共有しながら旅行の計画を立てているとき、まるで自分の休暇計画を知っているかのようにリゾートホテルや航空券の広告が届く、といったことを不快に思う消費者は一定以上にいるはずだ。
Appleは自社製品でクラウドAIを使うことに対し、常に否定的な態度を示してきた。クラウドを情報の保管庫や情報交換の場として活用はするが、事業モデルはあくまでも製品の販売に軸足を置いている。
watchOS 5では、通知に対してその場で何らかの応答、返信を行える仕組みが導入されており、その振る舞いによってその後の通知方法やアクションの優先順位なども変わるのだそうだが、その情報はApple Watch内に完結している。
“未来のApple Watch”が、ユーザーのバイタル(身体)データに最も近いコンピュータになっていくとき、クラウドAIとエッジAI(コンピューティングという観点でいうなら、分散と集中)のどちらに向かうのか。人間に近くなるほどプライバシーには敏感になるものだ。“人間が直接触れる製品”へのこだわりと消費者の距離感の取り方は、シリコンバレーのライバルとの大きな違いだと思う。
既にスマートウォッチ市場ではライバル不在と思えるほどの存在になっているApple Watchだが、このまま先頭を走り続けるのだろうか。本格派のライバル登場も望みたい。
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