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バッテリースワップ式EVへの期待と現実

ちょっと疑わしい点はあるのだが、ひとまずパリ協定が覆ることがないとしよう。同協定が定める2050年の温暖化ガス排出規制予定値をクリアするためには、EV(電気自動車)の普及は欠かすことができない。だから、EVは必ず普及する。それは間違いない。ただし、世の中で騒がれているほど目前の話ではない。
EVの普及はいつ頃か?
何を持って普及というか? ひとまず、新車販売台数において、HV(ハイブリッド)やPHV(プラグインハイブリッド)を含む内燃機関(エンジン)搭載車の台数をEVが抜くことと定義するならば、2030年では全く無理で、インフラが整った先進国だけに絞っても、可能性が出てくるのは最速で40年以降になるだろう。理由は単純だ。バッテリーの増産が追いつかない。
さらに進んで、内燃機関搭載車がほぼ滅亡する日がいつ頃なのかといえば、これはもっと先だ。仮に内燃機関が今のEV程度のシェア、つまり1桁%まで落ち込むことをもって滅亡とするならば、今世紀中は難しいだろう。考えてもみてほしい。この地球上の国の少なくとも9割で、いつでも電気で灯りが灯せるようにならない限り、EVの普及はない。世界の国々の政情が安定し、経済があまねく発展し、それだけのインフラを満遍なく手に入れられるのが一体何時になるか考えれば悲観的にならざるを得ない。
現実にEVはバックオーダーを抱えるほど売れていない。米Teslaのモデル3だけが例外である。あとはそれを「EVのカンブリア爆発の予兆だ」と考えるか、「モデル3の一過性のブーム」と捉えるかの違いだ。現状では両者は水掛け論にしかならないのが、5年後くらいには現実がどうなっているかの結果は出るだろう。
筆者が一つ言えるのは、資本主義社会では、売れる商品なら作り手はどんな手を使っても作ろうとする。それこそが資本主義の力強さであり、浅ましさでもある。
ボロもうけできるとなれば、多少の環境破壊や健康被害がうやむやに許容されることで、レアメタルやレアアースの供給はもっと増やせる。それらは貧しい国でばんばん採掘され、原材料供給が表面的には解決する。原材料が豊富になれば、バッテリーメーカーが雨後のたけのこの様に乱立し、バッテリーの供給問題は解決する。そして、世界の自動車メーカーがわれもわれもとEVを作るだろう。これまでの自動車もそうやって普及してきた。普及を決めるのはメーカーではなく、あくまでもマーケット。売れないものは誰も作らないから普及しない。EVの普及を願う人たちは、メーカーの不作為を嘆くより、まずは自らが買い、伝道しろという話になる。
バッテリー充電待ちをなくすアイディア
さて、日本の話だ。わが国でのEV普及の障害となっているのは、1番がバッテリー供給という物理的制約、2番目がその原因となる価格、3番目がさらにその原因となる航続距離と充電時間だ。自動車の動力源としてのバッテリーは高価過ぎ、どうしても車両価格が高くなる。それでは売れないからバッテリーメーカーは生産設備を増やさない。そして航続距離と充電時間にぜいたくをいわなければ、つまり重量当たりエネルギー(エネルギー密度)にぜいたくをいわなければバッテリーは安く作れる。
ではどうやって安いバッテリーで充電の待ち時間を短縮するか? という話になると人気の説の一つが、バッテリースワップ方式だ。
これはガソリンスタンドに、前もって充電済みのバッテリーを用意しておいて、電欠したらバッテリーを充電済みのものと交換するという方法だ。レースのピットストップでタイヤ交換をするようにバッテリー交換をするので、充電時間=待ち時間にはならない。そしてこの方法は、実際、中国のNIOというメーカーが、交換時間わずか3分というシステムを作っている。
しかしこのバッテリースワップ方式は、過去に米Teslaを含む数社がトライして、失敗の末、撤退済みのアイディアであって、そうそう簡単な話だと思えない。問題点を挙げてみよう。
バッテリースワップ方式の問題点
・バッテリーを規格化するとEVの進歩が止まる
・EVのバッテリー重量は少なくみても300キログラムオーバー
・高電圧であるため、資格保持者しか扱えない
・脱着式では接点の防水を完璧に行うのは難しい
・高額なバッテリーの破損弁済を誰が負担するのか?
さて、問題点を解説していこう。EVの場合、動力性能を決めるのは実はモーターではない。バッテリーの性能だ。だからバッテリーを規格化してしまうと、性能の向上ができなくなる。製品の差別化も難しい。
スマホやデジカメを買い換えた時を思い出せばいい。先代の旧型バッテリーを使えるケースがあるだろうか? まずそんなことはない。場合によっては世代ごとに、遅くても数世代ごとにバッテリーは新型に代わる。ではその世代交代で動作時間が倍になったりするかというと、残念ながらそれほど進歩しない。わずかずつの進歩を各社は必死でやっている。それは現状、バッテリーの性能が顧客の期待値に対して不足していて、アップデートをわずかでもしないでいると競争に置いていかれることを示している。共通規格化して性能を固定できるほどにはまだバッテリーは熟成していないのだ。
重量の問題はどうだろう? バッテリーは難しいもので、容量を半分にしたら半分の時間で充電できるかというとそうはならない。スマホのカタログには「急速充電20分で80%まで」などと書いてあるが、残りの20%の充電にはとても時間がかかる。
バッテリーの容量が大きく、電池残量が少ない時は早く充電できるが、満充電に近づけば近づくほど充電速度は落ちる。コップに水を入れることを想像して欲しい。水量の豊富なデカい口径の蛇口から勢いよく水を注ぐには、デカいコップで、空っぽに近い方が良い。元のコップが小さいとあまり盛大に水量を増やせないし、コップが大きくても、最後まで盛大には注げない。満量に近づくほど水量を絞ってやらないとこぼしてしまう。バッテリーの場合、こぼれることは、最悪、発熱・発火を意味する。水を注ぐより慎重にならざるを得ない。
つまりバッテリーはデカくて(つまり重くて)空っぽであるほど、高速充電できる。逆に言えば、軽量で扱いやすい小型バッテリーにすると充電時間が長くなる。充電をビジネスと考えると遅いのは困る。
しかも自宅なら数百円で充電できるという条件と戦わなくてはならない。スタンドで写真にあるような大型の専用設備を導入して、300キロ以上もあるバッテリーを資格保有者が交換しても、交換工賃に1000円を払ってくれるかどうかは疑わしい。ユーザーにしてみれば、コストが倍になるくらいなら、家で充電することを選ぶだろう。
バッテリーを分割して、順に交換したらどうか? という声も聞くが、例えば6分割して1つ50キロ程度にすると仮定しよう。それだけ細かく分割しても人力でカセット交換できる重量にはならないし、よっぽどインテリジェンスな接続方法を取らない限り、6つのバッテリーが全部が均等に減る。それが嫌なら、リアルタイムな必要電力に応じて複数バッテリーの接続を内部的に切り替える複雑な仕組みが求められるだろう。目的に対して手段が複雑過ぎるように思う。
だからといって、ただ単純に分割するだけなら結局一番減ったバッテリーがボトルネックになるので、全部一緒に交換しないと、一番減ったバッテリーが空になったところでクルマは動かなくなる。それでは分割のメリットはない。
仮に特殊な制御を加えて、順番に使うようにしたとしても、今度は頻繁にスタンドに寄らなくてはならなくなるし、交換工賃はおそらくその度発生する。重量300キロのバッテリーで距離300キロを走れるとして、6分割すれば距離50キロごとにバッテリー交換となる。バッテリーを長寿化するには、6つの充電/放電サイクルの回数が異なるバッテリーを最適化して負荷を配分しなくてはならなくなり、手間ばかり増える。これではユーザーもスタンドも疲弊してしまう。過去にスワップ方式に進出して撤退した会社はどうやってももうかる見込みがないので廃業したのだ。
EVの動力用バッテリーは高電圧が求められる。モーターを駆動する仕事量(ワット:厳密には単位時間仕事量で、EVで使われる単位はキロワット・アワー)を決めるのは電流(アンペア)x 電圧(ボルト)だ。電流を多く流すためには電源系のケーブルを太くしなくてはならず、太いケーブルは高価で重くなる。だからメーカーとしては電圧を上げたいのだ。普通は200ボルト以上。人が感電しても大丈夫なガイドラインは一般に48ボルト程度といわれている。本当は電流量も関係するのだが、取り扱いに資格が必要とされる区分が48ボルトになっているので、まあ基準として一定のコンセンサスが得られている数値ではある。という前提で見ると、200ボルトの高電圧は、密閉構造が取りにくい脱着式で接点に水が入ったりするとかなり危ない。
過去に脱着式のバッテリーを採用した会社で故障の頻発が報告されたケースがあった。それが製品固有のものか、スワップ方式に起因するのかは、例が少なすぎて判断できないが、故障するとすれば所有権が誰に帰属するかが問題になる。普通に考えてバッテリーはガソリンスタンドかメーカーが所有して、その使用権をドライバーが借りる形になるだろう。
重いバッテリーを脱着式にするためには、ボディ下部からアクセスしやすい必要があり、構造上、保護が十分にできない恐れがある。一方、バッテリーはどう安くても50万円越えと非常に高価なのだが、仮に段差でバッテリーを打って壊した時、それは誰が弁償するのだろう。保険などを使う方法もあるが、これもコスト増の原因となる。ましてや自然故障の類は責任の所在を考えるだけでも面倒くさい。もっと安いものなら、一律所有者、つまりリースする企業の負担でいいのだが、高価なものでそれをやれば当然サービス価格に影響が出る。
常識的には難しい
結局のところ、交換式が狙うのは外出先での充電時間の短縮なのだが、これまで書いてきたような様々なネガと比べて、メリットが上回るかといえば、どうも旗色が良くない。
現状、正しいEVの使い方は、夜間自宅でバッテリーの寿命減を抑えながら緩速充電を行い、原則的にはその航続距離の中で使う。どうしても長距離移動したい場合は、食事やお茶の時間と上手く組み合わせて30分程度の急速充電を行うという運用方法でカバーした方が、ずっと現実的なのだ。
バッテリースワップ式のEVはよほどのことがない限り復活しないと考えるのが常識的判断だと筆者は思う。

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